2005年11月25日

勝ち組・負け組・下流社会

勝ち組・負け組との言葉がこの間まで流行っていましたが、最近では「下流社会」なる言葉が流行りになっているようです。
そこで、流行の原点となった「下流社会」を買って読んでみました。
筆者の三浦展氏のプロフィールを見ると、他にも何冊も世代論や家庭論めいたものを書いているようです。「下流社会」には副題が付いていまして、正確には「下流社会 新たな階層集団の出現」となにやら学術的な雰囲気が漂い、少しはまじめな本なのかと期待します。しかし、ページを開いた途端にその期待は裏切られる事になります。
ページを開くと、目次よりも先に、「はじめに」と書かれた文章が目に入ります。それは『まず、あなたの「下流度」チェックをしよう。』で始まるYes/No形式の質問です。私は、ここで後悔しました。せめて中を少しでも見てから買うべきだった、と。
さて、少し落ち着いてからこの質問をみてみましょう。以下の質問の半分以上がYesであれば、『あなたはかなり「下流的」』だそうです。
1 年収が年齢の10倍未満だ
2 その日その日を気楽に生きたいと思う
3 自分らしく生きるのが良いと思う
4 好きなことだけして生きたい
5 面倒くさがり、だらしない、出不精
6 一人でいるのが好きだ
7 地味で目立たない性格だ
8 ファッションは自分流である
9 食べることが面倒くさいと思うことがある
10 お菓子やファーストフードをよく食べる
11 一日中テレビゲームやインターネットをして過ごすことがよくある
12 未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)

さて、如何でしょうか。これを読んでいる人は半分以上当てはまった事と思います。
そこで、もう少し分析してみますと、設問にワナがあるのが判ります。特に、
2 その日その日を気楽に生きたいと思う
3 自分らしく生きるのが良いと思う
4 好きなことだけして生きたい

これらに関しては、忙しく働いている人ほど感じてしまう事ではないでしょうか。たとえ、好きな事を仕事としても、職業にする以上好きな事ばかりがあるわけでもなく、嫌な事も必ずあります。そのような時に上記のような事を思わない人はいないでしょう。
「いや、自分は仕事をしていてそんな事は思ったことはない」と言う人は、責任のある仕事をしていない人かまじめに仕事をしていない人です。これは断言できます。そのような人は、逆に、上記のような事を感じた事の無い自分を恥じるべきなのです。
これで12の設問のうち、Yesが3個になりました。あとは、9個中から3個のYesがあれば、あなたは目出度く「下流的」であると筆者の三浦展氏から認定される事になります。
しかし、残る9個も1や12以外は個人の趣味嗜好に関わるものであり、あまり階層社会とは関係あるようには見えません。むしろ、忙しく働いて「たまの休みぐらいのんびりしたい」と思う人も多いのではないでしょうか。ちなみに、設問12の未婚年齢が女性30歳以上になっている事からも、「勝ち組・負け組」と同じ文脈上にあることが伺えます。
このように目次に至る前に呆れてしまいましたが、更に気力を振り絞って本文を読んでみました。
…で本文ですが、統計等を駆使してもっともらしく見えるように書いていますが、一行で要約できます。
「イマドキの若いモンはやる気がなくて駄目だねぇ」
古代メソポタミアから受け継がれている老人の繰言を繰り返しているだけに過ぎませんでした。
結局この本は、最初に読者の不安を煽り興味を引き、本文では統計等で学問的な見せ掛けを施しただけの愚痴をこぼしているだけのものに過ぎません。

その程度の内容をネーミングだけでベストセラーにできた事実をマーケティングの面から分析する事が、この本の最も有効な利用法であるかと思います。

最後に、一言。
「金、返せえぇぇぇ」
と叫んでも払ってしまったものは返ってきません。
仕方が無いので、blogのネタにさせてもらっている訳です。
posted by とのじ at 23:06 | Comment(2) | TrackBack(2) | 書評

2005年10月19日

1985年とカノッサの屈辱

吉崎達彦著「1985年」は、1985年の政治・経済から、文化、社会、イベントまでを輪切りにして、論じた新書です。なかなか懐かしい気分に浸れる気楽な一冊です。
今年は阪神が2年ぶりの優勝を決めたそうですが、そう言えばこの年は阪神が優勝した年でもありました。当時のバース、掛布、岡田でクリーンナップを打っていた一人が監督となって優勝したことには感慨深いものがありますが、何だか今回の優勝は有難味に欠けるような気がするのは、私だけでしょうか。いえ、阪神の優勝は20年に一度だから有難味があるのであって、2年ぶりの優勝なんて阪神らしくない、とふと思ってしまうのです。
さて、「カノッサの屈辱」はフジテレビが1990年に放送した深夜番組です。今、CSで再放送中なので視ているのですが、これもなかなか面白いのです。この番組は、ある商品(ハンバーガー、シャンプー、自動車、オーディオ等)や文化(女性アイドル、ディスコ、デート等)をマーケティング的観点からみた変遷について、無理やり歴史的出来事に当てはめ、歴史番組のパロディーとして作られた番組でした。それぞれのアイテムについて通時的な歴史を描いているのですが、まとめて見ると1990年と言うバブル最盛期の時代で、当然の事ですが終わっており、むしろ当時の空気を色濃く反映したものとなっています。それと共に、各アイテムのその後の歴史を知っている2005年の時点で振り返ると、「物のあはれ」にさえ思いがいってしまいます。
それに対して、「1985年」はどうでしょうか? 筆者は、「日本が若々しく、希望に満ちていた良い時代」として描いていますが、当時を振り返ってみると私にはそうは感じられません。
当時は、冷戦の最盛期でNATOの元高官の手による「1985年」と言う第三次大戦の仮想戦記小説がベストセラーになったりしました。それは、現在の仮想戦記の景気良さとは程遠いリアリティに満ちた陰鬱なものでした。その2年前の1983年には、大韓航空機がサハリン沖で撃墜され、極東における米ソの緊張状態をまざまざと見せ付けられました。ゴルバチョフが書記長になりましたが、この書記長がどんな人物であるかもまだ判らない時期でした。
また、景気にしても1973年の第一次オイルショック以来、不景気な状態が続いていました。ただし、これは、低成長経済に移行した日本経済の現実を受け入れられず、まだ高度経済成長の時代の再来を信じていたマスコミなどに煽られていた感もありましたが。そして、日米関係では、いつ果てるとも知れない経済摩擦が続いていたのでした。
こうして否定的な面だけ挙げると1985年は暗い年だったとなりますが、逆に見れば「1985年」で書かれている様な肯定的な面もあったのです。結局、1985年も他の年と変わらない良いこともあれば悪いこともあった普通の年だった、と言うだけのことなのです。
ノスタルジーは老人の特権ですが、まだ40代のこの筆者が精神的に老けるにはまだ早いかと思います。
posted by とのじ at 08:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評
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