2008年04月23日

「かなりヤバイ」かもしれない新型インフルエンザ

新型インフルエンザ:感染、検疫2法を改正 自・民合意
 自民、民主両党は22日、新型インフルエンザに備えた感染症法と検疫法の改正案を25日に可決・成立させることで合意した。未発生の感染症を両法で規定するのは異例で、発生直後から感染拡大を防ぐための隔離や入院などの強制措置が取れるようになる。
(後略)

先日の医療従事者への事前ワクチン接種義務付けに続き、法律も改正され感染拡大防止のための法的根拠もできました。
かなり、流行の危険性が現実的になったものと想像されます。
少なくとも、与野党ともにそう思っていると言う事です。何でも反対の民主党があっさり賛成しているあたり、情報中枢に近い人たちの危機感が感じられます。

東南アジアでは、数百人規模で患者が出たとのニュースもありました。
個人的には東南アジアと地続きの中国奥地はどうなっているのか知りたいところですが、中国当局はどうなっていても、北京オリンピックまでは情報を隠蔽するでしょう。
ホントのところ、どうなっているのでしょうか。

# ちなみにこの記事、"政治"ではなく、"サイエンス"の項目です。あまり注目されたくないのでしょう。
posted by とのじ at 02:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2007年10月12日

身近にある毒物

自殺サイトで薬物を買って自殺したなんてニュースが流れていますが、最近の睡眠導入剤は毒性が低く、一度に致死量に至るほどの量はなかなか服用できません。
睡眠導入剤はあくまで、意識をなくして楽に死ぬための手段に過ぎないのです。

しかし、致死量の毒となる物質は別に薬物だけとは限りません。
身近に簡単に入手できる物でも死ぬことは出来るのです。

例えば、ニコチン。
タバコを食べて乳児が死亡するとの事故が時々報じられますが、では乳児が死ぬには何本のタバコが必要でしょうか?
タバコにより、ニコチンの量は違いますので一概には言えませんが、多くの場合は1-2本程度です。ニコチン量はタバコの外箱に表示されていますが、あれは煙にして吸った場合のニコチン量で、タバコ自体をにはその10倍程度が含まれています(確か)。
で、ニコチンの致死量は体重1kg当たり、0.5-1mgです。昔からあるハイライトを例にとれば、これはニコチン量1.5mgと表記されていますから、1本当たり15mg程度となるでしょうか。
乳児が死ぬには十分な量です。
体重60kgの成人でも、計算上は4本食べれば死んでしまうわけです。
自殺しようと思う方は、ハイライトを1箱買って食べてしまえばいいわけです。1箱\290-ですから、とってもお得です。1箱20本食べてしまえば、まず確実に死ぬ事ができるでしょう。

例えば、塩。
塩も一気に摂取すれば、死ぬ事ができる立派な毒物です。
大人の場合には、致死量は約300gだったかな? まあ、塩1kgを買ってきて、水に溶かして一気飲みすれば、これも確実に死ねる訳です。
これは\100-程度で買えますから、タバコよりも更にお得となっております。
あるいは、醤油一升瓶の一気飲みでも死ねるかもしれません。

または、アルコール。
急性アルコール中毒で死ぬ人もいる位ですから、これも致死量はそれほど多くありません。確か、400mL程度だったでしょうか。
ウィスキーなら1L一気に飲めば、まず死ねます。
万一生き残っても、自殺なんて二度としたくないとの気分にはなれるでしょう。
もっと安くあげたいならば、薬局で特級エタノールを買っても良いかもしれません。

と、身近にあるものでも、ちょっと過剰に摂取するだけで死に至る事のできる物質は普通にあるのです。
他にも色々ありますので、興味のある方は調べてみたら如何でしょうか?

自殺サイトなんかで高い薬物を買う前に。
posted by とのじ at 02:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2007年09月27日

私立学校の指導監督

神戸市須磨区の私立高校でむごたらしいいじめ事件(犯罪と言った方が良いでしょう)が起こりましたが、これを聞いて疑問に思う人もいるのではないでしょうか?
「昨今、公立学校の教育崩壊が叫ばれているが、それでは私立学校の実態はどうなっているのだろう」と。

一体、私立学校の指導監督はどこが行っているのでしょうか?
各地方自治体の教育委員会?
残念ながら外れです。
教育委員会の管理助言及び監督権は、私立学校、高等専門学校、大学に対してはありません。つまり、教育委員会は私立学校に対して何の指導も監督も出来る権限は持っていないのです。
それでは、改めて問います。一体どこが行っているのでしょうか?

正解は「各学校の自主性にまかせられている」です。
つまり、私立学校では、いじめがあろうが、教職員の生徒に対する暴力行為があろうが、各学校が握りつぶしてしまえば終わりなのです。教育委員会に対する報告義務もありません。

近年、公立学校の荒れ方が問題になっていますが、これは教育委員会の管理監督が公立のみにしかおよばないため、公立学校の荒れ方のみが表面に出ているだけなのです。
私立学校の実態は、今回のように刑事事件に発展でもしない限りは、表に出てきません。

そして、私立学校では生徒の生殺与奪の権利も学校側が握っています。
苦情を言う両親に対して「それほど気に入らないのであれば、生徒さんにはウチの学校から出て行ってもらうことになります」と言う事ができる権限があるのです。そして、学校外の教育委員会へ訴えようにも「私立学校は私共の管轄外ですので」と門前払いされてしまうのです。
基本的には、被害者側が泣き寝入り、となりかねないのが私立学校での不祥事なのです。
今回のような大事になって警察が介入できる状況になって、やっと何が起こっていたか明るみにでるのです。

公立の教育崩壊を避けるために私立に行かせたとしても、そこが本当に良い教育をしてくれるかは保証されてはいません。
その学校の在校生や卒業生の親御さんなどを探して、個人的に調査するしかないのです。
子供を持っている御家族にとっては、どこに進学させるのが良いか、非常に悩ましい御時世となっているようです。
困ったものです。
posted by とのじ at 12:18 | Comment(0) | TrackBack(1) | 社会

2006年09月03日

非婚・晩婚化に関する一見解

マスコミ等では、女性の意識の変化についていけない男性の意識の遅れ、が盛んに喧伝されていますが、男性側にも結婚を忌避する理由は幾らでもあるのです。
まず、結婚を「永久就職」と呼ぶ女性がまだ余りにも多い女性側の意識の遅れ。家事は電化製品で間に合い、食事は外食やコンビニが幾らでもある現在では、女性の家事労働の意義は極めて低いものになっています。また、家庭の安らぎなどと言いますが、会社で疲れて帰ってきたあとは、人とは関わらずにゆっくり休みたい、あるいは僅かな時間でも自分の趣味に没頭したいと思う人間もいるのです。こうした人間にとっては、専業主婦希望の女性には近寄りたくもないのです。
さて、これに対する反論或いはキャリア女性がモテないことに関して白河桃子なる方がコラムを書いています。
このコラムでは冒頭に
 私がこの「キャリモテ」の原稿を書こうと思ったきっかけは、ある女性の一言。「若い頃はね、自分を磨いていい女になればなるほど、いい男が寄ってくると思っていた。でもそれは大間違いよ。誰かもっと早く教えてくれればよかったのに」…。

と書かれていますが、これがまず勘違いです。このコラムのその後の文章を読んでいくと、主に1960年代前半生まれの女性について書かれていますので、この方もそうなのでしょう。
ところで、1960年代前半生まれの女性が結婚できない理由として、
いろいろ言われてはいるが、一番の原因は「男に期待しすぎた」のだと私は思う。

と書かれていますが、これこそ大いなる勘違いがこの世代にはまだ残っており、自分の価値について正しく把握できていない事の証明なのです。
私はこの世代の女性を密かに「バブルの残骸世代」と呼んでいます。
この世代の女性はバブル最盛期に20代前半から半ばでした。そして、単に「若いから」との理由で交際費をたっぷり持ったオヤジ達にモテまくった世代の中心でもあるのです。ある意味、最もバブルを謳歌できた世代でしょう。
オヤジたちが交際費を使って、高級レストランで食事をおごってくれるような日々を過ごしているうちに彼女たちはそれが当たり前と思うようになってしまい、己の価値について勘違いしてしまいました。
「私は、何かの記念日の度に高級フレンチで、ドン・ペリニョンを開けてくれるような男にふさわしい女なのよ」とでも。
さて、こうなっては後はお判りでしょう。仕事ではなく単に若さだけで評価されていた事に気付けなかった彼女等は、「自分を磨けばふさわしい男があらわれる」と思い込むようになり、自己評価がずれている女性たちの男性への期待値は当然自己の価値よりも高くなり、その結果の言い訳が「男性に期待しすぎた」となるのです。
こうして、モテまくった理由を勘違いして自己を磨いて仕事ができるようになったが結婚できない女性が量産され、バブル期の彼女等の行動を知らない後輩たちは彼女等の愚痴を聞いて「仕事ばかりできても不幸なだけだわ」とまた勘違いして、結婚志向に走ってしまうわけです。
このようにして、「結婚とは永久就職」な女性と「勘違いキャリア」ばかりが世に蔓延るようになってしまいました。それでも何時の世でもどんな世界でも例外は存在します。「勘違いしていないキャリア」と言う存在が。
しかし、例外とは少数であるから例外であって、それは極めて希少種であり、ほとんど出会う事もありません。
こうして、結婚したくないと思わせる女性ばかりが増えていき、結婚したくない男性も多くなってしまったのです。
まあ、社会的に困ったものではありますが、定職に着き自由になる金を結構持つ事ができるようになって趣味に邁進できるようになった30-40代男性は、個人的には結構今の環境を気に入っているように見えます。
一応世間に合わせるために、「結婚はできたらしたいものですね」くらいの事を言うくらいの知恵はあります。しかし、彼らにとって結婚とは「するべきもの」から「したい相手と出会った時にのみするもの」程度に変わってしまっています。ちなみに、彼らの選択肢には「勘違いキャリア」は入っていません。キャリアにとっては、勘違いしている同僚キャリアは性別問わず、お付き合いしたい存在ではないのです。そして、40代男性にとって同世代女性は「自分たちをメッシーやらアッシーなどと呼び、オヤジたちと遊んでいた奴ら」であり、まさしくトラウマをドンぴしゃり刺激する憎むべき対象世代でしかありません。また、30代にとっては「社内の雰囲気を悪くするやたらギスギスしたお局キャリア」に過ぎないわけです。
その結果、
 今はキャリア女性たちに「低方婚せよ」という風潮で「年下のフリーターと結婚して幸せ」といったモデルが推奨されている。

事態が生じているのです。なにしろ、歳の離れていて労働環境も異なる年下のフリーターならば、彼女等の実相を知られる事もないのですから。
これも、バブルが生んだ後遺症のひとつ、として片付けられます。バブルの後遺症、とは真に便利な言葉であります。
posted by とのじ at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(3) | 社会

2006年03月15日

朝日新聞のよる在日半島人の在日理由

昭和34年7月13日の朝日新聞の記事だそうです。
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大半、自由意志で居住  外務省、在日朝鮮人で発表  戦時徴用は245人

在日朝鮮人の北朝鮮帰還事業をめぐって、韓国側などが「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるために つれてきたもので、今では不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行ってるのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人 の引き上げにかんするいきさつ」について発表した。
これによれば、在日朝鮮人の総数は約61万人だが、このうち戦時中に徴用労働者として日本に来た者は245人にすぎないとされている。

主な内容は次のとおり

1・戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となっていた。
増加した100万人のうち70万人は、自分からすすんで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。
残りの30万人は大部分、鉱工業、土木事業の募集に応募してきた者で、戦時中の国民徴用令による徴用労働者はごく少数である。
また国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが朝鮮への適用は差し控え昭和19年9月に実施されており、 朝鮮人徴用労働者が導入されたのは、翌年3月の下関〜釜山間の渡航が止まるまでのわずか7ヶ月であった。
2・終戦後昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配船、個別引き上げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月連合国の指令に基く北朝鮮引き上げ計画で350人は帰還するなど、終戦時にまで在日していた者のうち75%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在登録されている在日朝鮮人は 総計61万人で関係各所で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者として来た者は245人にすぎず、現在日本に居住している者は犯罪者を除き自由意志によって残留した者である。


在日半島人はいつまで「強制連行」の虚構を言い立て続けるのでしょうか。
posted by とのじ at 12:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2006年03月13日

F1グランプリと諸行無常

今年のF1グランプリが開幕しました。
結果などはニュースで報じられているので、ここでは触れないことにします。
ところで、ホンダとトヨタの意地の張り合いになっている今後の日本グランプリの開催地ですが、日本での2大会開催が検討されているようです。

F1、日本で鈴鹿と富士の2大会開催へ

1国2大会開催なんて有り? と思う人もいるでしょうが、実は1990年代の初めに日本で2大会開催されたこともありました。
一つは鈴鹿サーキットで、もう一つはバブルの勢いで造られた美祢サーキット、というところで開かれました。
これは、確か3年くらいしか続きませんでした。美祢サーキットがあまりに田舎にあるため、入場者が予想以下であった事と、バブルが弾けて美祢サーキットの経営が破綻してしまったため、その後再び鈴鹿サーキットのみでの開催となりました。
ところで、美祢サーキットはその後どうなったのでしょう。バブル後経営が転々としましたが、結局、マツダが開発用サーキットとして買い取ることになりました。
マツダ、MINEサーキットを買収して試験場に転換

バブル崩壊直前に販売チャンネルを拡大してしまったため、その後極端な経営不振に陥ったマツダが、本業に専念して業績が復活し、土地バブルに踊った遺産を買い取るあたりに、少しばかり皮肉を感じます。
posted by とのじ at 12:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会
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