2005年06月10日

ワールドカップ vs チャイコフスキー・コンクール

中村紘子の「チャイコフスキー・コンクール??ピアニストが聴く現代」に次のような一節があります。
"男性審査委員たちは徹夜明けの眼をして、熱心に昨晩のサッカーのワールドカップの結果を語り合いつつ、こう嘆いていた「どうして、ワールドカップとチャイコフスキー・コンクールは同じ時期に重なるのか」"と。
この記述のように、チャイコフスキー・コンクールは4年に一度、それもワールドカップと同じ時季にありました。
社会主義ソヴィエトの時代には、国の厚い支援があったので裏で何をやっていようと関係ありませんでした。
しかし、社会主義崩壊後のロシアでは、国の支援は多少はあるでしょうが、民間のスポンサーを集めなければやっていけなくなりました。
それまでは、裏で何をやっていようと関係なかったのですが、民間スポンサーを集めるとなると広告効果がどの位であるかが問題になってきます。そして、裏で、たとえ音楽でなくとも、世界の注目を非常に集めるイベントがあると、マスコミ報道はそちらに集中し、コンクールの広告効果は低くなり、スポンサーも集めづらくなります。運の悪いことに、ワールドカップとは、オリンピックと並んで世界の注目を集めるイベントであるわけです。
それでも、これまでは何とかスポンサーを見つけて、運営し続けてきました。
ところが、1998年に審査委員長の弟子がピアノ部門で優勝すると言う疑惑の結果、スポンサー離れがおき始めました。更に運が悪かったのは、2002年のワールドカップが日本で行われたことです。これにより、コンクールは日本ではほとんど注目されず、そのため、今まで大スポンサーであった日本企業の支援がほとんど集まらない結果になりました。ちなみに、この時のコンクールでは、ピアノ部門で上原彩子が日本人として初優勝、バイオリン部門では川久保賜紀が最上位入賞と言う快挙を成し遂げましたが、ほとんどの日本の新聞ではベタ記事扱いでした。
そして、とうとうチャイコフスキー・コンクールはその伝統を曲げ、次回開催が2006年だったコンクールを2007年に延期することに決定しました。
次回開催を07年に延期 チャイコフスキーコンクール
このように、チャイコフスキー・コンクールすら蹴散らす、ワールドカップ。
北朝鮮に勝ち、予選組では世界で一番にドイツ大会に出場を決めた日本代表には、どうか1年後に、上原さんに負けないような活躍を見せて欲しいものです。
それとも、さすがにそれは欲張りな望みなのでしょうか?
posted by とのじ at 12:50 | Comment(0) | TrackBack(1) | クラシック音楽
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Excerpt: ベタ記事ベタ記事とは、新聞などの紙面下部に並べられた記事の俗称である。主要でないニュースなどを載せる。活字が敷き詰められているところから「ベタ」と呼ばれる。.wikilis{font-size:10p..
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Tracked: 2007-10-04 07:55
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