2005年05月15日

無知の知と無知の無恥

「無知の知」の話を初めて聞いたのは、中学生のころだったでしょうか?
ソクラテスが、一番の賢者だとの神託に疑問を持ち、様々な賢者と呼ばれる人のところを訪ねて議論を交わしました。その結果、その人たちが何も判っていない事を知って、「知らないことを自覚しない者よりは、知らないことを自覚している私のほうが、確かに賢者なのだろう」と言うことで、神託に納得したとか。
歴史に残るような人物に変人が多いのは確かですが、こんな人に付きまとわれた日には嫌になるわなぁ、と当時は思ったものでした。
時は流れ、今考えてみますと、ソクラテスっておっさんは嫌味な人だろうけど、「無知の知」を自覚すると言うのは確かに大事なことではあるな、と感じています。
特に、「自分は何でも知っている」と言わんばかりの態度の人が実は何も知らなくて、自覚しないうちに恥をかいているさまを見ると、「ああはなりたくないものだ」、とつくづく思います。
そう、無知の知を自覚しない人は恥も無い人になる、と言うことで、
「無知の知を知らずば、無知の無恥に至る。汝、注意すべし」
と、今回の御題につながるわけです。

『それで? それは誰の言葉?』
『私の言葉さっ』
おあとがよろしいようで。
posted by とのじ at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・コラム・つぶやき
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