2006年02月27日

クラシックにとっての20世紀

まだ、クラシックは21世紀に作曲された曲を一曲も聴いていないことを思い出しました。
そこで、20世紀のクラシック史を短くにまとめてみましょう。
20世紀初頭、調性音楽は拡大に次ぐ拡大で限界まで来ていました。これを打破し音楽の表現領域の拡大を目指して様々な試みが始められました。最初に注目を浴びたのは無調音楽、そしてこれを発展させた十二音音楽でした。その他にも、リズム、オーケストレーション、他分野の音楽との融合などの試みにより、音楽表現を枠を広げ、遂には打ち破ろうと様々な技法、十二音を更に拡大し、音程ばかりか、リズム、音色、テンポなどの音楽の要素を全て均等に扱おうとしたセリー主義、トーンクラスタ、偶然性、電子音楽、など様々な試みが行われ、それは1960年代から1970年代の初頭にかけて頂点に達しました。もちろん、これに対して新古典主義など保守派からの抵抗もありましたが、音楽の前衛を押し広げるとの主張の前には、かき消されてしまいがちでした。
こうして、音楽表現の枠を打ち破ることに成功した現代音楽ですが、気がついてみると、現代音楽は『現代音楽』という見えない檻によって、聴衆から隔離されていたのでした。
聴衆がついてこない音楽など所詮は自己満足に過ぎない、と悟ったのでしょうか、1980年代から、再び調性とメロディの復権が図られるようになりました。ただ、前衛を経験したあとですから以前と同じではありません。
前衛音楽で用いられた手法から適時、好きなものを選択し自分の音楽の中に取り入れつつ、新しい保守的な音楽が作られるようになりました。シュニトケやペルトなどはそうした作曲家の一例かと思います。
こうして、現代のクラシック作曲家はぶちまけられた玩具(或いはジャンク)の中で、遊んでいる子供のような存在になりました。この中から、どのような作品が生まれてくるかは非常に興味深いところです。
ただ、一度離れてしまった聴衆は、まだ戻ってきたとはいえません。『現代音楽』の見えない檻はとても強固なものであるのです。
posted by とのじ at 12:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック音楽
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