2008年07月14日

B&W SS25(Silver Signature)のスタンドについて

あれは割れやすい石材でできています。
SS25のスタンドなしが中古で安く出ている場合は、スタンドを(引っ越しなどで)壊してしまった場合が多いと思われます。

はっきり言って、SS25はスタンドが非常に壊れやすいものなので(移動したら保証なくなります、と保証書にもかいてあるくらいです)、スタンドなしのSS25を買った後で、中古でスタンドのみを見つけようとしても徒労に終わるでしょう。

そして、SS25のコストの半分はスタンドのコスト、と言われたくらいの製品です。
スタンドなしのSS25は、その価値が半分以下になっていると言ってもいいでしょう。スタンドのみの中古が出る可能性が著しく低いことも考えると1/3になっていると言っても過言ではないかもしれません。

スタンドなしのSS25の中古を買おうとする人はその事に留意してください。
posted by とのじ at 23:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2008年07月11日

売れるモノの価値とピュア・オーディオ

1) 売れるモノの同時代性

スタージョンの法則を引くまでもなく、
「どんなものでも9割はがらくた」ですが、売れているものに対してはこの攻撃が激しいように思います。
ただ、個人的な感覚としては、売れているものでも十中八、九はくずかもしれませんが、十のうち一、二は何らかの価値があるものです。
しかし、同時代でさえ売れていないもので、価値のあるものは千のうちの一、二あるかどうかではないか、という気がします。

# ここでは、売れていないものに伝統芸能は含まないものとします。同時代性から離れて存在するものですから。

結局、「売れていないからと言って価値が無いわけではない」はほとんどの場合、言い訳に過ぎないのではないか、と思ったりするのです。

との観点から見て、ピュアオーディオはどうなんだろう、と思ったりするわけです。

2) そして、伝統芸能化するピュア・オーディオ

現在のオーディオは、iPodに代表されるメモリーオーディオと、それを少しでも良く聞くための高級イヤホン市場が中心となっています。
あるいは、それに物足りないマニアはヘッドホン・オーディオでハイ・エンドを指向しています。

しかし、ほとんどのピュアオーディオ誌はそうした流れを無視して、旧態依然とした大型スピーカーを中心としたコンポーネント・オーディオに終始しています。
ヘッドホンの特集をしても、あくまでおまけとしての扱いです。

同時代性から取り残されたピュア・オーディオは伝統芸能化するしかないでしょうか。
あるいは、既に伝統芸能のごとき扱いになってしまっているかもしれません。
これから、どうなるのでしょうかねぇ。
posted by とのじ at 00:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2008年07月05日

汎用機と専用機−リビングをめぐる争い

今では無くなってしまいましたが、少し前まではワープロ専用機、が存在しました。
それは、最終的にはPCとほぼ同じ構成のハードに専用ソフトを載せた代物にまで進化しましたが、逆にワープロにしか使えない事が災いして消えてしまいました。
しかし、PCが発展途上であった時には、ワープロはとても便利な機械でした。
ソフトはスイッチ一つで立ち上がり、やりたいことはすぐに判るようになっていて、専用ハードである故文書処理能力も高く、そして、バグはありませんでした。
ところが、PCの処理能力が高くなり、文書処理に関してはワープロと遜色なくなると、色々な事に使えるPCが主流となっていきました。

ところで、PCを使っていく中で、何でもできる機械でやりたい事をやらせようとするのが簡単には行かないことに多くの人が気がつき始めました。時には、簡単であるどころか、非常に難しいことさえあります。さらに、バグとウィルスに悩まされる環境になってしまったことには多くの人がイラついていることでしょう。

さて、PCをリビングルームに溶け込ませようとMSやIntelは長い間報われない苦労をしてきました。今でもあきらめずにやっています。
ところが、専用機と言う形でPCとハード構成がそっくりなものが家庭に入り込み始めています。
ひとつはPS3を始めとするゲーム機、そして、もう一つはHDD内蔵BD(DVD)レコーダーです。
どちらも、PCの主要な構成要素、CPU, メモリ、HDD、BD(DVD)ドライブ、イーサーネットといった要素を備えています。事実、PS3はLinuxをインストールしてPCとして使うことも可能です。ただ、メモリが少ないのが難点ですが、そのすぐれた演算性能ゆえ、低コストでのシミュレーションなどに使用されたりさえしています。
この様に、家電やゲーム機に姿を変えて、PC相当のものが家庭に自然に入り込んでいる現状では、今更「面倒なもの」との評価が定着したPCをリビングに入れる事は、非常に困難で可能性の低い事業となることでしょう。
DLNAの普及はそうした傾向を後押しすることになります。

ビル・ゲイツはそのことを承知していたがゆえに、採算の取ることの難しいゲーム事業を推進してきたのでしょう。
そして、ゲイツの引退した今後、MSが採算の取れ無くなった時にゲーム事業を投げ出す可能性もありえます。それは短期的には収益の改善となるでしょうが、長期的には間違った戦略となることでしょう。

次は、リビングにコンテンツを届ける手段としてのネットワーク配信の可能性について、考えてみます。
と言うところで、次回に続く。
# 次回がいつになるかはこれまた気分次第です。

2008年07月04日

アップデート不具合

ダビング10に備えて、各社HDD内蔵BD(あるいはDVD)レコーダーのアップデートが始まりましたが、いちばん早くから始めたパナソニックがバグを出してしまいしまた。
この不具合が発生すると、HDDのフォーマットを行うしかないと言うとんでもないバグで、パナソニックでは、「修正ファームができるまでは絶対にフォーマットを行うかとの表示で"はい"を選択しないでください」、との事。ちなみに、いいえは選択できないのだそうです。
リアルに「これから私の言うことにハイかイエスでお返事ください」状態は嫌過ぎます。

私の使っているSONYのBDレコは7/4からアップデートが行われるそうですが、さて不具合なく行われるでしょうか。あるいは様子がはっきりするまでは、自動アップデートを切っておこうかと思っています。

と言うのも、SCEは7/2に行ったPS3のバージョンアップで、これまたバグを出して、一時アップデートデータの配布を中止しているからです。これも深刻なバグでして、不具合が発生するとXMBと言う操作画面がでなくなるというものです。

デジタル家電、特にゲームやレコーダーはソフトウェアの規模が大きいため、バグがあるのはある程度仕方ないと思っています。とは言え、この様に思う人はごく一部であり、大多数の人はそうは思ってくれない事も、メーカーは頭に叩き込んでおいた方が良いでしょう。

PC文化から発祥した「バグがあって当たり前」との文化は一日も早くなくなって欲しいものだとは思っていますが、無理でしょうねぇ。

2008年07月03日

オーディオと技術―2

一昨日の続きです。

オーディオでカルトが蔓延るようになった原因について、以下の二点を挙げました。
第一には、技術を理解している人が少なくなった。あるいは、それ以上に技術を理解していると誤解している人が増えたことです。

第二には、現在の技術レベルでは定量的な解析に非常に手間が掛かる(不可能とは思いませんが)割に、得られるものが少ないために定量的な解析が行われなくなったこと。
ここでは例としてデジタル技術についてあげましょう。
第一の要因については、私がわざわざ指摘するまでもないでしょう。デジタル技術について勘違いあるいは無知なまま、攻撃している文章はいくらでも見つけることができます。
第二の要因としては、以前私が書いた以下の文章をまず参考としてください。
オーディオの中のデジタル、カルトに関する短い随想
これに付け加えるならば、振動による音質変化は特に定量的な解析が難しいものと思われます。
他にも、不要輻射による影響や電源変動による影響はデジタル信号の波形の変化として観測することはできますが、それがどのように音に影響するのかを定量的に解析できるところまでは行っていません。
また、ジッターによる音への影響もまた指摘されていますが、これもまた定量的な解析はなされていません。
と、デジタル信号とその副次的産物による影響に関する経験的な知見はかなり増えてきましたが、定量的な解析に関してはまだ、ほとんど手が付けられていない状態です。そして、定量的な解析なくして、それは工学とは言えません。
このような状態ですから、デジタルでもまた、しばらくはカルトは根絶し得ない状況なのです。
まあ、工学の粋のようなデジタル技術でカルトが流行るのもまた一興、とオーディオ機器の開発なんかに携わっていない私としては、気楽に嘯いていられるのですが。
posted by とのじ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2008年07月02日

オカルト的超長周期政治サイクル

ちょっと、オーディオ話が続いたので、莫迦話をひとつ。

日本の政治サイクルとして、800年超周期説を唱える事が出来るかもしれません。
これは、800年を1サイクルとして日本の統治体系は地方分権と中央集権の間を揺れ動くとする、なんともオカルト的なお話です。
ここで、2000年を基準にして、400年前、800年前、1200年前、1600年前に何があったか思い出してみましょう。
400年前の西暦1600年は江戸幕府開府の年です。
この年で、戦国時代は終わりを告げ、江戸幕府を中心とした中央集権体制へと移行していきます。とは言え、各地域ごとに大名が居て幕府はその大元締めとして君臨しましたが、藩内の行政に関しては基本的に各藩の自由でした。
これが完全な中央集権となり、各地方の自由裁量がなくなっていくのは、明治以降であり、特に戦後体制で完全に中央集権となった感があります。

そして、800年前に目を移してみると、1192年鎌倉幕府成立とあります。鎌倉幕府成立を境にして、京都から徐々に権力が分散していきました。
で、1200年前の794年は平安時代の始まりです。京都一極体制はこの年から動き始めました。
更に、1600年前の西暦400年ごろはほとんど歴史の闇に消えてしまっています。が、大和朝廷は成立していましたが、まだまだ日本全土を制圧できたとは言えない状態でした。こうした群雄割拠した状態から大和朝廷が抜き出るまでがこの時代の流れだったと言えるのではないでしょうか。

と、ほとんどオカルトな超長周期政治サイクルを唱えてみましたが、近年論議が盛り上がっている道州制もこうした観点からみると面白いかもしれません。
posted by とのじ at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済・政治・国際

2008年07月01日

オーディオと技術

昨日と同様、書き散らしのまま。

オーディオにここまでカルトが蔓延るようになったのは、何故でしょうか。
原因は大きく分けて二つあると思います。
第一には、技術を理解している人が少なくなった。あるいは、それ以上に技術を理解していると誤解している人が増えたことです。
第二には、現在の技術レベルでは定量的な解析に非常に手間が掛かる(不可能とは思いませんが)割に、得られるものが少ないために定量的な解析が行われなくなったこと。
ケーブルを例にして、これを見てみましょう。

第一の要因については、色々と心当たりがある人も多いでしょう。様々なケーブルメーカーや個人が様々な理屈をつけて、自己正当化している様を見た経験は、オーオタなら、一度や二度はあるはずです。
そうした人たちはかなり、初歩的なところで勘違いしている場合もあるので、不思議に思う人も多いでしょうが、思い込みの強い人と言うのはどこにでもいるものです。
第二の要因については、伝送理論の歴史を見れば容易に判ります。
伝送理論は、通信の発展と共に進歩を遂げていきました。それは、より多くのデータ(より高周波)をより遠くまで送るための技術の歴史、であったと言い換えても良いでしょう。
それに対して、オーディオにおけるケーブルの役割とは「(精々10m程度までの)短距離での音声周波数データの高品位伝送」です。
はっきり言って、この領域の研究は従来の伝送理論ではほとんどなされていません。それはそうでしょう。「より高周波をより遠くへ」と研究している立場の人からすれば、音声周波数を10mなんて「エナメル線でも通る研究価値のない分野」に過ぎない訳でしたから。
しかも、このくらいの低周波になると近似による簡略化が効かず、かなり複雑な式を解いて検証することになります。それも、高品位伝送となるとどこのどの程度の差が効いてくることになるかさっぱり判らない状態から始めなければなりません。
で、これをこれからまじめに研究しようとするとしましょう。そうすると、かなり面倒そうな分野ですから人的、金銭的リソースがかなり必要になると予想されます。それで出てくる成果と言えば、わかる人には多少音が良くなったかなと思える程度の差、では、とてもでありませんが、リターンが少なすぎます。
そのような理由で、「短距離での音声周波数データの高品位伝送」の真面目な研究は、今後も行われる事はほとんどないであろうと断言してしまってもいいでしょう。

結局、これからもケーブルはカルトに染まったまま、オーオタはケーブルメーカーに貢ぎ続けることになるのです。いや、自分もそうなんですが、何とも間抜けな話です。
ただ、正しい理論が解析されて、それに基づいたケーブルが作られたとしても、オーオタはそれだけでは満足しないことも確かでしょう。これもまた確実に言えることです。

例が一つだけでは寂しいので、デジタル技術も例にあげましょうか。
と、言うところで、次回に続きます。
# 気が向いたら、ですが。
posted by とのじ at 00:02 | Comment(1) | TrackBack(0) | オーディオ
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